目次
- 1-1
- 「東六号病棟」より
- 1-2
- アルコール研修に参加して
- 1-3
- アルコール依存症の診断と治療
- 1-4
- アルコールと健康
- 2-1
- 心の渇きと飲酒の意味
- 2-2
- 子どもの飲酒の問題点
- 2-3
- 〈座談会〉アルコール問題を考える
- 2-4
- アルコール依存の社会的背景
- 3-1
- 人間の「酔い」について
- 3-2
- アルコール治療と究極期看護
- 3-3
- アルコール依存症の最近の知見と治療法
- 3-4
- アルコール依存症のケアーとQOL(生命の質)
- 3-5
- ヌクモリと人間関係
- 3-6
- 「健康」には愛の思想を
- 3-7
- 適正飲酒概念について
- 3-8
- 久里浜方式の定義と能力障害状態概念
NEWS
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アルコール問題を考える
心の渇きと飲酒の意味
心の渇きと飲酒の意味
-アルコール依存症への対応をめぐって-
アルコール問題というのは非常に重大な問題ですが、日本の国としての対策にはすさまじい遅れがあります。促進のためにはやはり世論が必要です。とくに健康の問題のプロの方たちの本当の意味でのご理解がいただけないと進みません。これは私も二五年間やってまいりましてしみじみと感じております。
メンタルヘルス(精神保健)というのは、名前だけは、たいへんポヒュラーになっていますが、具体的な問題ではほとんど対策はなにもたっていません。その中でもアルコールはその最たるものです。ですから、ぜひみなさまにご理解いただいて、非常に大きなアルコール問題を、これから仲間として、いかにそれに対処していくかということで、ご努力いただければたいへんあり、がたいと思っています。
酒とともにある文化
人間社会とお酒
まず一番最初に、アルコールがなぜ重要な精神保健上の問題を呈するかということです。第一番に、お酒というのはご存知の通りわが国でも昔からあります。私はCulture with alcohol酒とともにある文化といっています。日本の歴史をひもとくと、神代の昔からあらゆるところにお酒が出てきます。これはよきにつけ、あしきにつけ出てまいります。ですから、お酒を抜いた目本の文化というものは考えられません。そして将来もまた、われわれはお酒とずっと付き合っていくのかと申しますと、当然だと思います。お酒を抜きにした日本の文化はありえません。
しかし、イスラムのような宗教を理由に酒を飲んではいけないという国は別です。それでもイスラムの上流階級では、アルコール依存症がけっこう出ています。先週、アラブの某国から国際電話があり、スイスとフランスとドイツで入院したけれど治らない、久里浜の名前をどこかで聞き、私どもの病院に入院したいということでした。イスラムでさえ、この問題がはっきりあるということです。
ですからアルコールをたしなむ国で、もしアルコールを全廃したいとするとどうなるかと申しますと、これはたいへんな混乱が起こります。そしてお酒よりももっとひどい薬物中毒が発生するでしょう。したがってお酒は、排除するだけで解決する問題ではないと思います。
ニュージーランドのアルコール対策
ニュージーランドは、すばらしい医療制度を発達させている国です。私はまだ二回しか行っていませんが、すっかり惚れこんでしまって、若い連中を留学に出すならニュージーランドに出したいと思っています。しかし少し躊躇します。ニュージーランドに留学したら、すばらしい医者になって日本に帰ってきた時、日本に適応できなくなるのではないかと思うからです。
そのニュージーランドにALACという組織がありますが、そこのスローガンがたいへんおもしろいのです。"Living with alcohol preventing misuses"というものです。酒とともに共存していきましょう。しかしお酒の乱用はきちんと予防しましょうという意味です。これはWHOの方針とも一致します。
適正飲酒のすすめ
日本も厚生省がアルコール問題については適正飲酒ということを唱導しています。適正飲酒というのはどういうものかというと、英語でいった方がわかりやすいのですが、low risk and responsible drinkingということです。low riskというのは、自分の身体と自分の精神にある種の害があることは知っているが、それでも益があると判断するときに、自己責任で最も低いリスクを選ぶことです。それともうひとつ、他人様にきちんと責任のとれるような飲み方ということです。自分の身体にはちっとも害がない、精神にも害がない、しかしまわりがえらく迷惑しているのでは、これはお話になりません。したがって適正飲酒ということを唱導しています。
ただし、ここでまちがっていただきたくないのは、厚生省は「酒を飲め」と言っているのでは絶対にありません。飲む飲まないというのは全く「個人の自由」です。ですから飲まないといえば、それでけっこうです。飲む方もけっこうです。ただし飲む方はきちんとお酒を勉強され、適切な自己責任でのlow riskな情報を得て、その上で適正飲酒をしてくださいということです。これがよくまちがえられて、なにか厚生省は「酒を飲め」といっているのではないかととらえられるのですが、そういうことはありません。メーカーのたいこもちをやっているのではないかとよくいわれますが、これはどうかおまちがいないようにしてください。
未成年者と女性の飲酒
二〇歳以下の人と妊婦は禁止
それから、たとえばお酒を飲む自由はあると申しましても、これはいくつかの群では飲んではなりません。法により未成年者は飲んではなりません。未成年者飲酒禁酒法という非常にりっぱな法律があります。それから、アルコール依存症になってしまった方は、一生飲んではいけません。それから妊婦の方です。これも飲んではいけません。これは胎児アルコール症候群といって、きわめて重大な障害を胎児に与えます。それから道路交通法上、車の運転をする人は飲んではいけません。以上の四群の方は飲んではいけないということになります。
いま四つの群をお話したので簡単にそれを解説します。まず第一番に未成年者は飲んではいけないということ。これは簡単なことです。中でもいちばん激しい害が出るのが胎児です。これは神経その他の発生学的に初期であればあるほど強烈な障害が起きます。胎児アルコール症候群が発生するのは、けっしてアル中のようなガバガバと酒を飲む妊婦の方のみに起きるのではありません。もち論、その人は、起きますが、アメリカのデータによると妊娠中にビールを二本飲んだという人でも、はっきりと胎児にアルコール症候群が出ています。そうして妊娠の初期の二、三か月に飲むと奇形児ができます。これは本当にすさまじい奇型、小頭症などたいへんな障害が起きてきます。妊娠の後期になりますとまさに発育不全、精薄の子どもが生まれるという大きな問題になってきます。
もうひとつ女性の場合には、女性ホルモンがアルコールの代謝をきわめて阻害します。したがって私どものデータでは、男性の場合には、アルコールを飲んでアルコール性肝硬変になるまでの期間というのは、だいたい二〇年近くかかります。ところが女性の場合は一〇年ぐらいで簡単になるというデータが出ています。これはエストラヂオールという女性ホルモンが、たいへんにアルコールの代謝を阻害するからということです。
ついでに申しますと、女性のアルコール依存症がどんどんふえてきたということを、女性の方はどのように考えるでしょうか。誤解のないようにお聞きいただきたいのですが、私はまず第一に、これはすばらしいことだと思っています。なぜなら酒のある国で、女の方がアル中にもなれないといういうことは、重大な社会的な偏見があるということですから。ニ〇年前ですと女が酒を飲むと、若い娘であれば、もうお嫁に行けないぞという強烈な圧力がかかります。したがって自由意志で「飲まない」のではなく、社会的圧力によって「飲めない」のでした。これはけっし健全な社会ではありません。
ですから女性が酒を飲めるということは、まず第一番目には慶賀すべきことだと思います。ただし、女性ホルモンが非常に解毒を阻害するという情報だけはしっかり覚えておいていただきたい。
飲む自由と克己の精神
それからもうひとつ、酒を飲む自由は女性にも与えられるべきですが、妊娠した時に酒を飲むと、かわいいわが子が奇形児になる、精薄になるという問題です。さてこうなるとたいへん重要なことは、人間には、まず飲む自由があるが、その自由を無抵抗な(胎児は飲みたくないと拒否できない)わが子のために使ってはならない。克己といいましょうか、がまんすることが必要です。はやらない言葉ですが、私は二〇何年これをいっているのですが、飲める自由はあるけれど、抵抗のできないわが子のために、それを克己によって、きちんと飲まないという訓練は非常に重要だと思っています。
そういう訓練がなく、女でも飲む自由があるということで飲むというのは、悲しむべきことだと思っています。私は女性は少くとも妊娠したら、一滴も飲まないという決意が絶対に必要だと思います。これは飲んではいけないという社会的圧力があるからではなく、もっとも弱者である、わが子のために自ら克己の精神を養って、飲まないでいただきたいと思うのです。
法律のたてまえとCM・自販機にみる本音
未成年者飲酒禁止法
次に未成年者飲酒禁止法です。これは大正一一年にできたすばらしい法律です。どこがすばらしいかというと、酒を飲んだ未成年者を罰する条項がひとつもない。そのかわり、当然、保護しなければいけないおとなが、それを飲ませたとするとそのおとなを罰するという条項だけがあるのです。こういう種類の法律としては非常にすばらしいものだと私は思っています。なぜかというとご存知のように、酒は二〇歳をすぎたら合法的に飲んでもいいのです。これは堂々たる権利です。これを処罰や威嚇で青年たちに飲ませないのは、よろしくないと私は考えている。ですから、これもあくまでも教育によって自分の自由意志で、二〇歳までは飲まないという、まさに克己の訓練を教育によってすべきでしょう。
ところがこれには、きわめて遺憾な問題が山積しています。これは具体的な問題で申しあげます。私がニュージーランドにいちばん最初にまいりました時には、WHOはマニラに事務所があり、日本を含む南太平洋から東南アジアが全部そこの管轄に入っていますが、そこの法律などをすべて研究し、そしてどういう対策をやっているか研究しようという会議をやるためにいったのです。
そこで私は実にショックを受けた。というのは、私は臨床家ですから、いままでは夢中になって患者をみることに専念していた。ところが私はその会議で日本の法律について報告した。これは世界に冠たるすばらしい法律です。未成年者飲酒禁止法は大正一一年からですが、これがどれほど先進的かと申しますと、ゴルバチョフが必死になって酒の対策をはじめたのは、ほんの二、三年前です。それからレーガンが連邦政府が各州の予算をカットするという強権を発動しながら、未成年者飲酒禁止法を昨年つくったのです。そういう意味では、日本はすばらしい国です。また、酩酊者規制法もあります。
CMのタレ流しと多数の自販機
ところがあとがいけないのです。それほどすばらしい法律がある国が、テレビをつけると酒のCMのタレ流しです。こういう国は世界中どこにもありません。そして酒の自動販売機が全国で二万台ありますが、こういう国は世界中に類をみません。
このことを外国のみなさんは非常に理解に苦しむといいます。日本のように教育の発達した国で、そしてこれだけのすばらしい法律がある国で考えられないというのです。私が厚生省の病院の院長で、その当時はアルコールの対策委員会のチェアマンです。そうすると彼らは、ドクターがチェアマンなら問題は解決ではないですかというのです。これほどりっぱな法律があり、先生がCMはきちんと制限しよう、フランスなみに、あるいはニュージーランドなみに、自動販売機は撤去しろといえばいいのではないですか、それで解決ではないですかというのです。
それで私は大きなショックを受けました。CMの規制とか自動販売機の問題などは、私や厚生省の係官はカヤの外です。入れてもらえないのです。パブリックヘルスの重大な問題は、厚生省という官庁やら、われわれ専門家がカヤの外などということは、彼らにはクレイジーで信じられません。私はそれを説明しながら自己嫌悪に陥りました。本当にいやになってしまいました。その夜はホテルに帰って頭を抱え、しみじみと、私がいかに無責任であったかということを深く反省いたしました。
医師の責任と社会的責任
アルコール問題をやっていると日本だけが例外ということが多すぎます。これはわれながら気がついて驚いています。ですからこれからはせめてそういうものをきちんとやっていかなくては、われわれパブリックヘルスに責任のある医者としての務めをはたせません。とくに私は肩書きからいうと最高の肩書きなのです。ですから彼らは私の肩書きをみ、目本の法律をみると、口ではいいませんが、私は責任をはたしていないのではないかと思われてしまうのです。ところが、とても責任をはたす力はありません。
もうひとつ道交法のことがあります。これにもおもしろい問題があります。日本の法律の中で、世界に冠たるよく守られている法律が道交法です。それでこの道交法が飲酒との関係で、またおもしろい効果を表しています。いまの若い人は、以前にくらべて、酒をあまり飲まないようにしようという、いい傾向かひとつ出ていて、それが道交法によるものです。若者は酒を飲むか、恋人と自動車でブッ飛ばすか、どちらをとるかというと、酒を飲むより自動車でブッ飛ばすほうを選ぶ。
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